遠山正道さんという人物は、元々は商社マンだった人です。世間一般で言えば、エリートサラリーマンだったということになるのでしょうか。ところが、彼が面白いのは、そのエリートの道からユニークな起業を行い、成功させていく道筋を辿っているところなのです。多くの人が知っている代表的なものでは、スープ専門店『Soupe Stock Tokyo』を挙げることができます。そして、ネクタイ専門店の『Giraffe(ジラフ)』、かっこいいリサイクルショップ『PASS THE BATON』です。これらのラインナップを見ただけでも、彼が独自のセンスを持っているということが十分に伝わってきます。それでは、そんなユニークな起業家の頭の中には、一体どんなことがあるのでしょう?
スタート地点
元々は、僕は三菱商事の社員でした。バブル前の入社だったということもあり、商社に入ったら格好いいし面白そうだなぁくらいの軽いノリで入ったのが最初だったんです。入社してからは、湯川さんという優秀な人の部署に配属されて、ほとんんど彼と三菱商事という会社の名前で仕事をしているような感覚でいました。でも、10年後に焦りはじめたんです。自分で何か考えなきゃいけない、湯川さんの後ろで水割りばかりをつくっていてはダメだ(笑)。そんな想いが起ってきたんですね。
ある人への相談
それで何でもいいからやりたい。でもアイディアは特に持っているわけではない。そんなときに、あるやり手編集者の人のところに相談に行ったら、「34歳で何かやっても、三捨四入で40代に入れられるから遅すぎる。焦らなくてはまずいよ」というようなことを言われたんです。そのひと言で、僕は32歳でしたから、後、1年のうちに何かしなければという想いに駆られたわけです。それから、「じゃあ、今まで、趣味的な遊びの仕事として、イラストを雑誌のために描いていたりということをやってきたのだから、せっかくだから個展をやろう!」そう決めたんですね。でも、実際には、僕はその時点で絵の作品は一点も描いていなかったんです。イラストのようなものは描いていたけど、絵は一切なかったんですね。でも、アーティストは資格がいらないんです。だから、いいなぁ。そう思ったんですね。
絵の個展
それから、毎週1枚以上のペースで絵を描くようになっていきました。金曜日の夜は早く帰って、描く生活のはじまりです。それから1年間をかけて約70点の作品を仕上げることになったんです。そして、代官山のあるギャラリーで個展を開催することになりました。個展は自分としては大成功でした。出品した絵は完売して、内容もはじめての個展にしては本当に納得のいくものだったんです。それに何よりも開場構成を手伝ってくれたプロの方々の仕事には感服させられました。それで、個展が終わった後、僕はその個展を手伝ってくれたスタイリストの山本康一郎さんという知人に、「僕の夢は叶ったよ」と言ったんです。そうしたら、彼は、「僕は、君のそんな小さい夢につきあってられないよ。これからがスタートだろ」とこう切り返してきたんです。僕はそれを聞いて、勇気づけられたんでしょうね。いろいろな人に手紙を書いたんです、「僕は、成功することを決めた」と。とはいえ、何で成功するかを決めていたわけではありません。アーティストになったといったって、個展を開いたばかりだし、ビジネスでも三菱商事の名前や上司の名前で仕事をしているような感覚があって、気持ちがよくなかった。それで、よくよく自分を見つけてみたら、自分は小売り、リテイルのビジネスと、そこにアーティスト的なセンスを加えるようなことができないか、ということに朧げながらいきついたんです。神様は行動には、オマケをつけてくれるものなんですね。個展をやったことで、そういう気づきを得ることができたんです。
Soup Stock Tokyoの企画
そこからお願いをして、KFCJ(ケンタッキーフライドチキン)に出向をさせてもらうことにしたんですね。3年間出向をして、定時で帰るとビジネスプランを練っていました。練って、学んでいる間に思ったのは、KFCJのように投資がかさむものではなくて、低投資・高感度でできるものは何だろうということでした。そうして、ビジネスプランを練っているうちに思い浮かんだのが、「女性ひとりでスープを飲んでいる」という光景だったんです。僕は、それが新業態のアイディアになるということをひらめいたんです。そして、そこから沸き上がってきたアイディアを全13ページの「スープのある1日」という企画書にまとめあげました。当時は97年末だったので、不景気のまっただなかでした。これ KFCJの社長と三菱商事の外食ユニットのリーダーだった現ローソン―社長、新浪剛史さんにプレゼンをしたんです。プレゼンでは、前日までに「スープのある1日」の企画書とビジュアルポスター、店舗イメージを最初に読んでおいてもらって、当日は、「生活者目線のメリット」と「運営側からのメリット」のふたつを簡単におさらいしただけでした。結果、KFCJの社長から「事業化調査」のゴーサインが出たのです。
社内ベンチャーと第1号店
それからです、Soup Stock Tokyoを立ち上げることになったのは。Soup Stock Tokyoは、社内ベンチャーとして立ち上げられた会社です。スマイルズという会社名は、当時としては相当にずっこけた名前だったんだけど、そこが逆に「ほんわかした人格」を感じさせてくれて気に入っていたんです。準備を進めて、99年に1号店を出すことになる。当初は、ファーストフードのアンチテーゼを考えていたから、恵比寿公園の裏あたりに1号店を出すのがいいんじゃないかと思っていたんです。ところが、ヴィーナスフォートに1号店を出さないかという話が舞い込んできたんですね。そのとき、思い切って出店することにしました。でも、それが大成功でした。最初は、あるメディアの取材は受けても、このメディアの取材はチープに見えるから受けない、そう決めたりしていたんです。でも、実際にはじめてみると、自分さえしっかりしていれば振りまわされるということはないんですね。そこで差別はしないという、ある方向性のようなものもできあがったのだと思います。
言葉の大切さ
世間では、僕のことをアイディアマンだと思っている人も結構いるみたいなんですけど、自分ではそんな風には思っていません。でも、発想を得るてがかりをあえて言うのなら、言葉から発想を広げることが多いです。スマイルズは、創業から5年目に企業理念をつくりました。元々は、企業理念はあまり好きじゃなかったんだけど、やっぱり理念はつくっておく方がいいかなと思ったんです。そこで、社内でインタビューやアンケートを行って、言葉を出していった。こうすることで、社員の「体温」をあげるということを行ったんですね。
「生活価値の拡充」
日々の生活そのものを立ち止まって見つめ、生活自身に価値を見出し、それを少しでも拡げて、充たしていけることのお手伝いをしたいと思います。
Smiles:5感
低投資・高感度:
100人のレビューと一人芝居どちらが好きですか。
古着とテーラードどちらが好きですか。
誠実:
自分を必要以上に大きく見せようと思っていませんか。
「このくらいでいいんじゃない」そんな気持ちで人に接していませんか。
親孝行、できていますか。
作品性:
思わず小躍りしたくなるような想いがありますか。
「最高なので、ぜひ見てください」逃げ隠れせず堂々と言える仕事をしていますか。
ひらめきにときめいていますか。
主体性:
会社の看板でなく、自分の足で立っていますか。
マーケットの動向や、新聞に書いてあることだけにただ流されていませんか。
自分のアンテナを立てていますか。
誰にも頼まれていない仕事を、最近やりましたか。
賞賛:
心から褒めたい人がいますか。心から褒めてくれる人がいますか。
自分のことが好きですか。
「giraffe」と「PASS THE BATON」について
giraffeは個人で事業資金を拠出しながら進めている事業です。というのも、三菱商事で僕が出したビジネスプランを受け入れてもらうことができなかったからです(笑)。どうしてgiraffeをやりたかったかというと、日本のサラリーマンって、どぶねずみファッションに身をくるんでいて、ちょっとしょぼいところがあるじゃないですか。でも、もっとサラリーマンは元気になることができると思うんですね。そんな想いを「キリンのように目線を高くして頑張れば、世の中全体も良くなる」というコンセプトで立ち上げたんです。言わば、スウォッチのネクタイ版です。今は、はじめてから3年目ですが、ようやくビジネス的に軌道に乗ってきているといった気がします。そして、今年の9月からはじめるのが、「PASS THE BATON」です。これはリサイクルショップなのですが、これまでのものとは一線を画するかっこいいリサイクルショップです。根底には、「高級ブランドもいいけど、そもそもモノを所有する人自身に、すでに歴史もカルチャーもセンスもある。人々が必要としなくなった所有物を誰かに渡していくことってとても大切なのではないか」という考えがあります。店舗デザインが片山正通さんだったり、ウェブデザインが中村勇吾さんだったりします。それから、最初の出展には、著名人に出品をしてもらうつもりでいます。
どうすれば上手くいく?
先にも言った通り、僕はとくにアイディアマンと言うわけではありません。10年間でたった3つのアイディア(Soup Stock Tokyo、giraffe、PASS THE BATON)を出しているだけなんですよ(笑)。事業をうまくゆかせようと思ったら、「かっこいい」とか「売れそうだ」とか、そんなことだけでは長く続けられるわけがありません。大事なのは、意義とまずは自分でボールを投げるということだと思います。世の中の体温をあげるために自分ができることは何だろう? そういうことを僕は考え、行動に移して、形にしてきたんだと思います。
■遠山正道 |