2009年5月16日に行われたbtfトークショーの第二部に登場したのは、ホスト役の岡田栄造さん、そしてキヤノンに籍を置き、さまざまなプロダクトの開発に関わってきたふたり、清水久和さんと今井信之さんです。btfトークショーでは、おふたりが長年続けているユニークなプロジェクトをいくつか紹介してくれました。スライドショーとして、ユーモアたっぷりに見せてくれた写真と文章。その絶妙なコンビネーションは、デザインにたずさわる者たちばかりではなく、あらゆるクリエイターたちに新しいインスピレーションを与えてくれるはずです。ここでは、その当日の模様の一部を誌上レポートします
岡田:今日、ここにお招きしたのは、キヤノンのおふたりです。デザイナーの清水さんと、GUIデザインの室長をやっている今井さんです。清水さんは、ixyなど、キヤノンのコンパクトデジタルカメラのデザインを担当するデザイナーで、デザインをもってして製品を売れるものにできる世界でも有数の優れたデザイナーだと思います。清水さんとは、ご自分でデザインスタジオSabo Studioも運営されていて、僕もリボン・プロジェクトというものを一緒にやらせていただいたり、デンソーという車のメーター部分をつくるメーカーからの仕事をご一緒させていただいたりしています。 このふたりが、20年間、約700点にものぼる日常のデザインを集めているプロジェクト「愛のバッドデザイン」があります。今日は、それをふたりに紹介してもらおうと思っています。基本的には、清水さんが気になるものを集めてきて、それを清水さんが写真を撮り、今井さんが文章を添えるという形です。それで、そこに添えられる文章というのが素晴らしいもので、今日はここでいくつか、今井さんに朗読もしてもらいたいと思います。それでは、清水さん、今井さん、どうぞよろしくお願いします。
電気の紐:
清水:これは一番最初に気になったものですね。シンプルでいい形だなと。
今井;存在感的に部屋のど真ん中にあるのに、24時間無視され続けている。
清水:そこがけなげでいいデザインだなと思ったんですよ。
玉がいし
清水: 送電線をつなぐワイヤーの途中の物体ですね。これは、ワイヤーで引っ張られている姿が痛々しい形状です。で、この玉がいしは、素材が陶器なんです。それが面白いなあと思いました。
トイレの上のまわるやつ
今井: 年々、水洗化の波に押され、その数は、減少する一方で、今では、ほとんど、やつの姿を目にすることはできない。同じく絶滅の危機に瀕するイヌワシは、天然記念物に指定され、国によって保護されている。私自身、イヌワシとたわむれた経験はなく、天秤にかければ多少の分銅をイヌワシの横に添えたとしても、ガタンと奴の方に傾いてしまうのだが。おしむらくやつの身体に赤い血は流れていない。人間臭いと言えば、相当臭いんだけど。
シャーペンの上の消しゴム
清水: これのいいところは、使うと消すものが真っ黒になってしまうというところなんですよ。だから使ってはいけないんです。でも、ないと物の存在として何か物足りないものになってしまう気がします。
アイスの蓋
岡田:
清水さんはノスタルジックな過去のものが好きなようですね。こういうセレクションを見ても、およそよそ行きのものを選んでいないように思います。アノニマス・デザインとかスーパーノーマルとか、流行りましたけど、そういうお洒落な感じのセレクションという感じがないですね。
清水:
けなげなものが好きなんだと思います。
ボールペンの戻すときのボタン
清水: これBOXYというボールペンブランドのものです。色と質感が素晴らしいなあと思いました。
耳かきの毛
清水: 耳かき好きとしては、これでやると気持ちよくはないんですけど、これが量産している姿を想像すると、素晴らしい。質感というか、控え目なところがいいですね。
算数セットの時計
清水: これは小学校に入学するときにもらえるアイテムです。これのいいところは、マグネットの針を自在に動かせる。何と言っても好きな時間を自分で決められるのがいいですね。
リレーのバトン
今井: この意味深な長さと太さに、男は憧れ女はたじろぎ。完璧なまでに無駄を排除されたフォルムは、粗を探すのにもその手がかりすら掴めない。走行中の真っ白な体操服を背にして6色のバトンたちは、なお一層鮮やかさを増すのだが、5位6位あたりをさまようものは、心なしかその輝きも鈍ってみえる。誰に命令されたわけでもなく、ここ数分間は国宝級のおもてなし。おっことしてでもしようものなら、さあ大変。取り乱す走者と轟く罵声にことの重大さがあらわれている。ゴールテープが切られた途端 立場は一転。ただの丸い棒筒へと成り下がる。放り捨てられたバトンたちは、狂喜乱舞する生徒たちの影でふたたびひとつに固まって、こっそり姿をくらましていく。
赤青鉛筆
清水: 赤の方が使う回数が多いので、使っていると赤の使うところがなくなって、青青鉛筆になってしまったりするんです。つくる人は、そういうリスクを一体どう考えているのかなあと思いますね。
金魚袋の赤い紐
清水: 紐が細すぎて、しかもちょっと硬すぎないかという感覚があって、水が入ると何とも言えずに心配になってくるんです。だからか、印象に残るんですね。
パンプレート
清水: 横に繋がっている。パンの袋を閉じるものですね。左右が対称ではなく、ちょっとだけ違っていてバリがある。
先割れスプーン
スプーン「君が欲しい」。
フォーク「こんな私でもいいのかしら」。
スプーン「麺にまかれた君の姿セクシーだよ」。
フォーク「スープをすくうあなたは優しそう」。
スプーン「ずっと側に居てくれないか?」。
フォーク「もしかしてそれプロポーズ?」。
スプーン「結婚してくれるよね」。
フォーク「もちろんよ、一生あなたについていくわ」。
スプーンとフォークは幸せに暮らしました。
それから数年後、元気な産声をあげながら生まれてきたのが、何を隠そうこの先割れスプーン。あらまあ、ちょっとお父さん似。
輪ゴム
清水: 量産されているのに、輪郭が曖昧でだらしがないところが面白いなあと思ったんですね。
包帯留め
今井: 素材的に面白いし、打ち抜きで尖った部分をつくって使うんですね。非常によく留ります。包帯留めには、少し変な憧れのような気持ちも混じっていますね。
竹刀のつば
清水: これはパッと見では一体何かよくわからないと思います。独特のシボ(皺の感じ)、表面の質感がいいなと思ったんです。
室温計の留め具
清水: なんか無理のある感じがいいなと思いました。ガラスをこの留め具で留めるのは、きっとちゃんと留っていないんじゃないかな。危険だなあと思います。
エレベーターのベルト
今井: 掃除している人が掃除しやすいやつですね。清水さんは、エレベーターの切れ目があるはずだと、切れ目を探していました。本当によく見ないとわからないみたいです。
写真立ての留め具
清水: 写真立ての後ろを見ると、留め具は4、5個ついているんですけど、ほとんど働いていないんですよ。本当に、ちゃんと働いているのは、1個か2個ですね。よく確認してみてください。後ろでダラーッとだらしなく下がっていますから。
彫刻刀を研ぐ砥石
清水: 見た感じがとても量産品には見えない化石みたいなところがいいですね。
パンティーのリボン
今井: パンティーの癖に何故かリボン付き。しかもリボンと名乗る輪、ほどけません。とはいえ、どちらが前でどちらが後ろか一目でわかると女の子。そもそもこれは下着に対する修飾的なリボンなのか。それとも何か、中身に対する啓蒙的なリボンかしら。定かでないが、体温計や潜水艦のおでこ、ときにはダイナマイトか新幹線の突端につけてみたい。でも本来ならば、裸のへその下につけるべきだと思うけど。リボンの癖に難解だ。
ぴよぴよサンダル
清水: いかにも子供らしいデザインです。これの大人用があったらいいなって思って、実は製品化も考えたこともありました。
人生ゲームの人形
清水: 男女の違いが色だけで表されています。ランナーの千切ったところが顔の表情になっているところが面白い。
岡田: 以上、20年以上にわたって、『愛のバッドデザイン』を探し続けてきて、それが今日紹介したような内容になっています。僕は、本当にこの『愛のバッドデザイン』が好きですね。今日は改めて楽しませていただきました。ところで、おふたりは、現在、出版社を探しています。どこか興味がありましたら、ぜひ、お声がけください。どうぞよろしくお願いします。ありがとうございました。
■清水久和(プロダクトデザイナー) |