住吉智恵

『BRUTUS』『ART iT』などの媒体において、アートライターとして活躍しつつ、伝説的なサロン「トラウマリス」を経営し、幅広い人脈と力強い行動力で次々と面白いコトを仕掛けつづけてきた住吉智恵さん。2009年4月18日に開催されたbtfトークショーでは、そんなバイタリティに溢れる彼女をお招きし、その活動を通じてのさまざまな秘話をご披露いただきました。

住吉千恵さん


どうしてライターになったのか?

「アートの面白さを伝えていく仕事ができたらなあ」、そういうビジョンは高校生の頃から持っていたんです。でも、何になるかはよくわかっていませんでした。だから、20代の頃は、私はライターだったわけではないんです。その頃の私は、デザインとかプロダクト関係のお仕事をしていたんですね。実は、本格的にアートライターになったのは、2回続けて入った会社が傾いて、2回続けて失業して、2回失業手当をもらったりしたのがきっかけなんです(笑)。そういう経験で痛い思いをして、会社に頼らずできるところまで、自分の力で生きていってみようと思ったわけです。それでも、最初は、アートライターではなくて、陶器とか食文化についての記事を書いたりしていました。1996年頃の話ですね。私が現代美術に関わりたいと思ったきっかけは、大学時代に大竹伸朗さんの絵を見て衝撃をうけたことです。それで何とかアートについて書く仕事に就きたいと思い焦がれ、ギャラリーのオープニングに片っ端から通い、マガジンハウスの雑誌をとっかかりに取材の仕事を増やしていきました。そして念願だったブルータスで1997年頃から仕事をするようになり、現・副編集長の鈴木芳雄さんとチームでページをつくりはじめたのです。ブルータスでやらせていただいた面白い仕事は沢山ありますので、ここに裏話を交えつつ、それらブルータスの記事を紹介していきたいと思います。

住吉千恵さん


草間彌生さんと荒木経惟さんのトーク&フォトセッション

1997年に草間彌生さんと荒木経惟さんの個展が同時開催されたことがありました。でも、どういうわけか、その時、どのメディアもふたりの対面インタビューなどをしていなかったんです。そこで、トークセッション、フォトセッションというものを行ったんです。現場の空気は凄まじかったです(笑)。で、そのとき荒木さんが撮った写真が現代美術館のオフィシャル写真に使用されたりして、ブルータス的には、目を白黒させられた記事でした。

住吉千恵さん


アプローチを変えた現代美術の特集

これは、当時、話題になっていた中村政人さんの作品を表紙に配した現代美術の特集号です。タイトルは「美術館になくても、教科書に載っていなくても、それってアート?」というもので、美術に対するアプローチ、攻略法というものを変えてみたんです。ページレイアウトをコンビニエンスストアの陳列棚風にしたり、フラワーショップ風にしてみたり、大胆不敵にも「カテゴリーに意味はない」ということを打出したわけですね。自分目線でアートを自分のテーマとして捉えられて、個人的にはひじょうに面白かったです。

住吉千恵さん

住吉千恵さん


ジャン・ポール・ゴルチエのインタビュー

上野の森美術館というところでゴルチエが展覧会を開いていた時のインタビュー記事です。ところが、この時、ゴルチエは単独インタビューというものを一切受けず、グループインタビューという形で、いくつものメディアを前にしての同時インタビューにしか応じないというのです。でも、せっかく『ブルータス』で紹介するのだから、独自のコメントが欲しい、それで、ドラッグクイーンのヴィヴィアン佐藤さんを一緒に連れていけば、きっと目に止まるはずだと一案を講じたんです。そうしたら、これが大当たり。ゴルチエは「ハウ・キュート!」とかいって、もう彼女にしか話しかけない(笑)。そうしている間に、いろいろと独自のコメントを取ることに成功したんですね。

住吉千恵さん


ジル・サンダーに一号編集長をお願いする

アート好きで、自身でもアートのコレクションをしているというファッションデザイナーのジル・サンダーは、一時期、自分のブランドを追われる立場にいたことがあるんです。それで、その時を狙ってジル・サンダーに編集長をお願いして、東京で彼女の好きなアートを見つけてもらう、という企画を行ったわけです。

住吉千恵さん


プロダクトデザインをテーマにした特集

「分野の違うクリエイターに、プロダクトデザインをしてもらったらどうなるの?」という着想で取り組んだ企画でした。名和晃平君がつくったプリズム冷蔵庫、東恩名裕一さんがつくった蛍光灯のシャンデリアなど、自由な発想で楽しい企画でした。

住吉千恵さん


現代アートをコレクションしている人たちの部屋

この企画は「ROOMS」と銘打って取り組んだ連載で、現代アートのコレクターを集めている人たちの家を見せてもらうという企画です。本人たちの名前やプロフィールは出さずに、写真とテキストのみでプロファイリングしていく形で見せいきました。面白かったのは、とある家で迎えてくれた人がとても艶かしい唇をしている女性だったのですけど、ここにある現代美術作品にも、唇の要素が映されたものの数々だったということでした。そこには、何かフェティッシュなものを感じざるを得ませんでしたね。

住吉千恵さん


『トラウマリス』という名のバー

六本木ヒルズというものがあります。そこの戦略のひとつとして、カルチャーっぽいコンプレックスビルをやって、アートビレッジにしたいというのがあったんです。それで、そのビルにひとつ飲食のスペースがあるけど、そこで私に「何かやらないか?」という話が舞い込んで来た。そんな流れでスタートさせたのがトラウマリスというバーでした。まわりの人たちは、そこを現代美術の巣窟のような場所にしたかったみたいなんですけど、私はジャンルを越境したかったんです。クリエイティブな人たちが集まってきて、人が出会い、仕事が生まれたり、何かが生み出されるようなそんな場所にしたかったんです。そうすると自然と人が集まってきて、実際にいろいろなジャンルのクリエイターたちが集まってくるようになりました。そんな流れからできるようになったのがいろいろなイベントです。ビートルズのGET BACKに憧れて、屋上でムードバンドBLACK VELVETSのライブ・アンダー・ザ・スカイをやって警察に怒られたり、名優でもある「日本一小さいマジシャン」マメ山田さんにバーカウンターの上でマジックショウを披露してもらったり、田名網敬一さんの原画で、パティシエがスウィーツを作り、女体盛りの宴をしたり・・・。中でも、トラウマリスの場に合っていたのは、朗読だったと思います。私の友人のいしいしんじという作家や鉄割アルバトロスロケット主宰の戌井昭人君に朗読をやってもらったりしました。いしいしんじさんの場合、即興でその場で小説を書いていってもらうということをしたのですけど、最初は「そんなことできるのか?」と思いながらやっていたんですけど、彼の脳の働きが身体の延長線上にあるような感じで、とても面白いパフォーマンスになったんです。その後、彼は、それを自らの芸風にまでしてしまって、青山ブックセンターなんかでも披露しています(笑)。その他にもいろいろと面白いイベントをやらせてもらいました。でも、コンプレックスビル自体が5年間という約束だったということもあって、2008年夏に自動的に閉店となりました。ところが、その後、もう一度復活させてほしいという声をお客さんからもらうようになって、そんな折にタイミングよく友人から「赤坂にあるお店を半々でシェアしてやったりませんか?」という話をもらい、赤坂に改めて、「サロン・トラウマリス」がオープンすることになったんです。



トラウマリスで開催された、いしいしんじさんの朗読

音楽とアート、そして心の時代

私は、アートライターとして仕事をしてきたのですけど、30代の遊びやトラウマリスで出会った人たちとのつながり、時間の長さでははかれない深い共感を持つことができたんです。だから、そのつながりから新しいことができたらいいなぁ、そう思っていました。それで漠然と思っていたのが、音楽とアートを結びつける仕事です。そう思った大きなきっかけが、京都の音楽家、mama! milkのメンバーによるesquisseというユニットが手がける、手回しオルゴールのパフォーマンスを聴いたことです。あまりにも特別な時間だったので、もういちど聴きたいと強く思い、もっともふさわしい場所と直感した品川の原美術館にこの企画をもちかけ、コンサートをその夏コーディネートしたのです。音楽とアートをもっと結びつけたいという思いを抱いているとき、ちょうど相談を受けたのが友人の指揮者・西本智実さんでした。彼女が持っているビジョンというのが、とても壮大なものなんですけど、私が思い描いてきたものと共通するところがあった。彼女は音楽だけでなくあらゆる芸術が集まるサロンをつくりたいと切望していて、その最初の試みとして、チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」の世界観を、演奏とアートが結びついた形で伝えたいというアイデアをもちかけられました。それでこの3月にサントリーホールとかつしかシンフォニーヒルズで開かれたコンサートで、映像のコーディネートを担当しました。西本さん独自の解釈によれば、この曲には当時の列強各国の植民地主義や帝国主義と、その向こう側にあるユートピア像という、人類に向かって警鐘を鳴らすようなメッセージが秘められている。その話を聞いて思い浮かんだのがD-BROSというグラフィックデザインのユニット。その結果、グラフィックなイメージが曼荼羅図のようにちりばめられ、万華鏡のようにくるくると回る映像が生まれました。今までのクラシックコンサートになかった、めくるめくような感じがあって、不思議な陶酔感がありました。西本さんとはライフワークとして、くるみ割り人形の絵本やDVD、いずれはオリジナルバレエまでつくりたいという思いを共有しています。 最後になりますが、いま大変な不況ですけど、そんな毎日生きることで精一杯のときでもライヴにいったり、アートを見たり、美しさを感じられる感性を自分がもっていることをしみじみ嬉しいと思うんですね。「物質の時代」が終わり「情報の時代」が来て、今は「心の時代」に移り変わっていこうとしています。日々ストレスを抱えて生きている人々にこそ、アートは必要なものだと、今改めて実感するのです。


■住吉智恵(アートエディター&ライター/TRAUMARISオーナー)

東京生まれ。「BRUTUS」、「ART iT」、「Numero」、「STUDIO VOICE」等の雑誌でアートをめぐる記事を執筆するかたわら、都内某所にてサロン「TRAUMARIS」を主宰し、多彩なイベントを企画。 美術と同じぐらい映画、舞台、音楽をこよなく愛する。