2009年2月7日のshop btf(勝どき)トークショーのゲストは、本にまつわるあらゆることを行うブックディレクターのBACH(バッハ)の幅允孝さんと、エディトリアル・デザインを中心にさまざまな分野のデザインを手掛けるアートディレクターのSOUP DESIGNの尾原史和さんのおふたり。尾原さんは、幅さんの会社であるBACHのロゴを手掛けたり、仕事を共ににしたり、プライベートでも交流があるそう。今回は、おふたりが所有する 「売りたくない本」を持ち寄ってもらい、各本を語っていただきました。それでは、彼らの本に対する熱い想いに耳を傾けてみましょう。
パオロ・ソレリの本(選者:幅さん)
アメリカの建築家でパオロ・ソレリという人物がいます。彼は、1970年代からアーコサンティという名の自給自足のコロニーをつくっている変わった建築家。この本は、彼が「僕、こんなものをつくってきました」というコンセプトブックです。アーコサンティ自体のコンセプトも面白いと思うのでうが、僕はこの本のビジュアルに大きく惹かれるものがありました。惹かれたポイントは、骨太なドシンとしているけど、堅すぎない感じ。ちなみに、BACHの会社のロゴ、名刺なんかは、この本の雰囲気を出せないかということで尾原さんにデザインを依頼しました。結果、出来上がったのが、現在のBACHのロゴデザインです。
C.T.P.Pの信藤三雄の本(選者:尾原さん)
元々、僕は、高知県の印刷所でキャリアをスタートさせています。だから、この本を見つけた場所は、高知県の本屋さんです。高知県の田舎だとジャケットが見られる機会もあまりなく、まだ20代前半だった僕は、ここに華やかさを感じたのです。「東京は楽しそうだなあ、東京に行きたいなぁ」という気持ちを、この本が高めてくれて、上京する契機にもなった大切な本です。信藤さんの素敵なところは、CDジャケットに留まらず、ステッカーをつくってみたり、レコードがないのにレコードジャケットをつくってみたり、その手がけるモノの種類にユニークさにあるんです。
ティボール・カルマンの本(選者:幅さん)
彼は、僕の心の師匠と思っている人です。ティボール・カルマンは、ベネトンの雑誌、『COLORS』の1号目から13号目までの編集長とアートディレクターを務めた人物。ポリティカルなことから個人的なことまで扱っていながら、すべてをフェアーな視点で見せるという手法が面白い。雄大な地球のイメージがあったり、局所的な毒のあるイメージがあったり、すべてをうまく組み合わせているところが凄いんです。今のCOLORSは作為的になってしまっているけれど、当時は「もう好きなようにやってます」という勢いを感じるました。片ページではアフリカのボディペインティングを見せて、もう片ページでは化粧をしている様子を見せたりして、対比している。タバコを吸っている人たち、それこそ大人から子供まで、世界中の喫煙シーンを並べてみせたり。でも1999年に、彼は51歳の若さで他界しました。
コムデギャルソンの『Six』(選者:幅さん)
これは、コムデギャルソンが1988年から1991年にかけて1〜8号まで発行した雑誌です。ビジュアルブックとして好きだった。ここに出てくるイメージにコムデギャルソンの服はほとんどなくて、当時、川久保玲さんが好きだったものが、ひたすら並んでるという感じです。ハンガリー生まれの写真家のアンドレ・ケルテスが好きだったら、それを載せたり、コピーライターの杉山恒太郎の詩が気になったら、それを載せたりしている。内容としては、アブストラクトで雑誌としての起承転結はまったくない。驚くのは、一号目に山本耀司のインタビューが載っていること。HOYAクリスタルのカタログを尾原さんと制作したときには、この雑誌を目標にして、「こんなのができたらいいね」と言いいながらつくっていました。 尾原さんが、「もしかしたら、川久保さんは、自分の好きなものを並べることで、頭の中を整理していたのかもしれない」と言うのはよくわかります。僕もネタに困ると本棚の前に立つんです。自分の本の来歴を見ると、「これも好きだった、あれも好きだった」ということになって、インスピレーションが沸いてくるんです。これは川久保玲さんの、自己満足の本かもしれませんが、他人が刺激を受ける自己満足ってところが凄いですね。
中国の無茶な本たち(選者:幅さん)
その1: 中島英樹さんの作品集です。中身はひたすら、彼が手がけた作品なのだけど、凄い点は1000ページ以上のものを和綴じでつくってしまったところです。出版は、中国の大連にある、大学の出版部です。中国の大学の出版部から出ている本はなかなか面白いんですよ。
その2: 中国人のアートディレクターの人たちの年鑑です。装丁に、どう見ても手作業だという細かい刺繍が施されてるところが、これは凄いですね。
その3: 北京の798という芸術部で見つけた本。表紙がタイル材でできている。中国人の芸術家の人たちの作品が中に入っています。本当にやってしまう実行力は凄い。中国は普通の本屋さんに入ってみても楽しい。
フィリップ・ロルカ・ディコルシアの本(選者:幅さん)
写真家がポラロイドで撮った2000ページの写真集です。普通、写真集の編集者というのは、写真の並びを大事にするんです。まず、これを見せて次にこれを見せてという形です。ところがこの写真集の凄いところは、順番を機械に任せて、ランダムに載せていっているということ。僕は、オブジェとしてもいい、厚い紙束の感じがある本というのは大好きですね。
ディーター・ロスの本(選者:幅さん)
ドイツ人アーティストのディーター・ロスが、1996年に制作したラフ・デッサン集です。「力の動き」というテーマで落書きのようなラフデッサンをしているだけの本。沢山の本を制作し、出版している人で、自分の本だけを集めた本というのもつくっています。自分の文房具だけをずらりと並べた本だったりとか、新聞の広告とか、ファッション広告だったりとか、小説の中から、一人称動詞というものだけを切り抜いてペタペタ貼り付けたりという、変わったことをしているアーティストだなあということがわかる本ばかりです。
ユリイカ(選者:尾原さん)
「ものごとの最初」「発明」というものが、どういう風に生まれてきたのかということが延々と載せられている本です。こういう古いものを見ていると、思想、考え方など古いものが、新しいアイディアの元になってくれるのを感じます。幅さんの「ものごとの歴史を遡ると、自分がどういう立ち位置にいて、これから何をしたら面白いかというのは出やすい」というのも、よくわかりますね。
アメリカの現代写真(選者:尾原さん)
写真というものがどういう風に発展してきたかが明快にわかる本です。1986年に発行されたものです。実はこれ、僕の専門学校で教材として配布されていた本なんです。とてもベタだから、すごくわかりやすくて勉強になると思う。これを読むと、写真の歴史の全体が俯瞰できると思います。
ジョセフ・コスースの本(選者:幅さん)
この人は写真家というよりは、コンセプチュアル・アートというものを一番初期の頃にやった人ですね。有名な作品は、これですね。美術館に行くと一個の椅子が置いてある。そして、その横に原寸で撮影された写真が飾られている。さらに、辞書の引用で「椅子とは」ということが貼られている。大学生の頃にこの人のことを知って、世の中の森羅万象が解き明かされたような気持ちにさえなりました。
ヨゼフ・ミューラー・ニブロックマンの本(選者:尾原さん)
スイス人のグラフィックデザイナーで、いわゆるグリッドシステムというシステムを発明した人の本です。ベーシックなものだから、それほど説明するものでもないんですけど…。今の僕のエディトリアルデザインも、ここがベース。でも、ここを起点に壊す方向に向かっているとは思います。理解した上で直感でやるような感覚かもしれませんね。
フェリス・バリーニの『ポイント・オブ・ビュー』(選者:幅さん)
CGとか写真にレイヤーで線を入れているわけではないんですが、ある一点に立つと全てがの線がつながって見えるという作品を、世界中でやっている人なんです。だから、そのある一点をはずれると、全然、違うものに崩れて見えるというわけです。装丁もある一点から見ると、面白くみえる。ちょっと変態的なんですけど、中身と外見の一体感みたいなもがとても素晴らしい本です。LARS MULLER PUBLISHERSという出版社が出しているのですけど、この出版社は面白い本を沢山出しているので、是非、覚えておいてください。
河井寛次郎の本(選者:幅さん)
河井寛次郎という陶芸作家の本です。2004年に松濤美術館で展覧会をやっていて、そのときに出た目録です。目録なんだけど、間合いがいいです。柿木原政広さんがアートディレクションをしています。目録なのに、写真再現性だけを重要視せず、絶妙なバランスで良いエディトリアルデザインがなされているなあと思うんです。
ホール アース カタログ(選者:幅さん)
裏面には、「Stay hungry, Stay foolish」と記されています。今でいう通販カタログなのですが、ただの通販カタログではない。ヒッピーのコミュニティをつくっている人たちによって既存のものの影響を受けずに生きていくためには、どういう情報と道具が必要なのかということがつながりを持って書かれている。いわば、自分たちだけのコミュニティをどうつくるかを研究するためにつくられた通販カタログです。セグメントが、アース、エコロジー、ガーデニング、シェルターなどに分かれていて面白い。僕も自分の仕事の参考にしたりしています。本を紹介したり、買えるお店を紹介したり、ピラミッドのつくり方を説明してあったりするんです。ひとつのテーマをあらゆる方向へ広げている感じが面白くて、「ものを考え、情報入れて自分で動く」という基礎中の基礎みたいなことが、ここには見事に体現されている。そこが素晴らしい本だと思います。
愛されるデザイン、本
最後に質疑応答があり、観覧者からは、「愛されるデザイン、愛される本とはどんなものだとお考えですか?」との質問がありました。
この質問に対しては、
「素直なもの、それを伝えたいというだけのものだと思います」(尾原さん)
「恣意、思惑などのない、初期衝動の純度が高いものの方が本としてはずっと愛されると思います」(幅さん)
と、おふたり相通じるご回答をしてくれました。仕事もプライベートも共にしているだけに、やはりデザインと本に対する想いにも共通するものがあるようでした。おふたりとも、興味深いお話をどうもありがとうございました。
■幅 允孝(はばよしたか) ■尾原 史和(おはらふみかず) |